例年この時期になると、「夏の人事異動で海外赴任が決まったのですが、出国時の年末調整ってどうすれば…」という相談を、顧問先の経理担当者から受けることが増えてきます。今年(令和8年・2026年)はそこに、給与所得控除の最低保証額65万円→69万円への引上げ、さらに令和8年・9年限定の時限措置(年収220万円以下なら+5万円で74万円)という改正論点が加わるため、計算式そのものを確認し直す必要があります[1]。
本稿では、海外赴任者の出国時年末調整について、根拠条文と実務フローを整理しつつ、令和8年分から確実に押さえておきたい改正ポイントと、効率化のためのツール活用までまとめます。
1. 出国時年末調整の基本ルール
国税庁の質疑応答(No.2517)によれば、扶養控除等申告書を提出していて、その年中に支払が確定する給与等の合計額が2,000万円以下の居住者が、1年以上の予定で海外に転勤する場合、給与の支払者は出国日までに年末調整を済ませなければなりません[2]。
ここでよく現場が混乱するのが「いつから非居住者なのか」という線引きです。国税庁の法令解釈通達によると、海外支店等への転勤期間が「あらかじめ1年以上」と見込まれる場合、出国の翌日から非居住者として取り扱われます[3]。出国当日まで居住者、翌日から非居住者—この一日の境目を計算上どう切り分けるかが、出国時年末調整の最初の難所です。
控除項目の取り扱い
出国時年末調整で控除できるのは、原則として出国までに支払われた金額・出国時点での状況に基づくものに限られます。具体的には次の通りです。
出国後の給与の源泉徴収
出国後、海外で勤務する従業員に支払う給与の取り扱いは、対象者が「役員」か「使用人」かで大きく変わります。役員に支払う給与は国内源泉所得となり、20.42%の源泉徴収が必要です。一方、使用人として海外勤務する者への給与は、原則として源泉徴収不要となります[2]。役員兼使用人の場合は使用人分を切り分ける、といった整理も避けては通れません。
2. 令和8年分から変わる給与所得控除のポイント
ここが今年の本題です。令和7年度税制改正で、所得税の基礎控除と給与所得控除が大きく見直されました。国税庁が公表しているリーフレットによれば、令和8年分以後、給与所得控除の最低保証額が現行の65万円から69万円に引き上げられます[4]。
さらに令和8年度税制改正大綱では、物価上昇への対応として、令和8年・9年の時限措置として、給与収入220万円以下の場合に最低保証額に5万円を上乗せし、実質74万円とする措置が盛り込まれています[1]。
これに伴い、年末調整実務で使用する「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」も改正されており、令和8年分以後はこの新表に基づいて計算する必要があります[5]。出国時年末調整の場面でも、年の途中で出国するからといって旧表を流用してしまうとアウト。出国月が令和8年1月以降であれば、新表ベースで再計算しなければなりません。
源泉徴収事務での適用時期
国税庁の説明によると、給与所得控除等の改正は令和8年分の所得税から適用されますが、源泉徴収事務における月次徴収税額表の改正は令和9年分から適用されるため、令和8年中は月々の源泉徴収税額表は旧来のまま、年末調整(出国時年末調整含む)で精算する形になります[5]。この「月次は据置・年調で精算」という変則ルールは、特に出国時年末調整では取りこぼしやすい論点です。
3. 実務チェックリスト
実際の現場で使うチェックリストを5項目に整理しました。
- 赴任期間が1年以上か確認(辞令・赴任通知書で1年以上か否かを書面確認)
- 出国日の確定と、その日までに支払い済みの社会保険料・生命保険料の集計
- 出国時点の扶養親族・配偶者の状況の確認(給与所得者の扶養控除等異動申告書を再提出してもらう)
- 令和8年分の新「給与所得控除後の給与等の金額の表」で計算しているか確認
- 出国後の給与について、役員・使用人の区分に応じた源泉徴収方法の整理
これに加えて、出国後の住民税の取り扱い(一括徴収・普通徴収のいずれにするか)や、確定申告書の納税管理人の選任が必要かといった隣接論点もチェックしておくと、後で「聞いていなかった」というトラブルを避けられます。なお、帰任後の年末調整については国税庁 No.2518にまとめられているので、赴任前の段階で帰任時の処理まで顧問先と共有しておくのが理想です[6]。
4. 効率化のためのツール活用
ここからは効率化の話です。海外赴任案件は、件数が少ない事務所ほど「毎回ゼロから調べ直す」状態になりがちで、1件あたりに数時間溶けることも珍しくありません。私の周りの事務所で評判が良いのは、次のような組み立てです。
第一に、自社で出国時年末調整用のスプレッドシート計算ロジックを1本作っておくこと。令和8年分用に「給与所得控除=最低保証69万円(条件付き+5万円)」のIF分岐を一度作り込んでおけば、来年以降の案件にも流用できます。
第二に、e-Taxの「給与所得の源泉徴収票・支払調書」電子提出の活用です。国税庁の方針として法定調書の電子化が進んでおり、海外赴任関連の支払調書もまとめて電子化しておけば、退職金や役員給与の年次処理がぐっと楽になります。
第三に、納税管理人の届出書テンプレートをあらかじめ用意しておくこと。出国前ぎりぎりに依頼されるケースが多いので、ワード雛形を準備しておけば即対応できます。国税庁が国外転出時課税制度の解説でも触れているように、所得税の納税管理人の選任は本人の出国前に税務署へ届出が必要です[7]。
まとめ
海外赴任者の出国時年末調整は、「1年以上の赴任」「居住者・非居住者の境目」「役員と使用人で異なる源泉徴収」という従来からの論点に加えて、令和8年分からは給与所得控除の最低保証額が69万円(時限措置で実質74万円)になるという、新表ベースでの計算が必要です。月次の源泉徴収税額表は令和8年中は据置である点も、出国時年末調整の場面では特に注意したいところです。
事務所としては、計算ロジック・電子提出フロー・納税管理人テンプレートをセットで整備しておくと、突発的な海外赴任案件にも落ち着いて対応できます。年に数件しかない案件こそ、仕組み化が効きます。
本記事は情報提供を目的としており、具体的な税務判断については必ず税理士等の専門家にご相談ください。また、税法は改正される場合があります。最新情報は国税庁等の公式サイトをご確認ください。
参考リンク
- https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/08taikou_gaiyou.pdf
- No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉
- 年の中途で海外支店等に転勤した場合|国税庁
- https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/0025005-051.pdf
- 令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について|国税庁
- No.2518 海外出向者が帰国したときの年末調整|国税庁
- https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/kokugai/pdf/04210617_01.pdf
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